吉岡家の日常5 - 選択《前編》 - [月島 懸]

帰国して、顔を合わせた途端に怒鳴られた。
題材は毎度俺の職業について。

さすがに今回は転職を決心した。

大先生に宥められ、亘はようやく落ち着いてくれた。
俺と話しているうちに泣き疲れて眠ってしまった目元に触れる。
相変わらず恋人の心は闇に覆われたままだ。
俺が生き続け愛していると伝え続ければいつかきっと。
信じてくれる日がくると思っていたがそうはいかないらしい。

個人の警護から、知人の警備会社に移ったことで危険度は格段に下がった。
単独行動ではなくチームプレイに慣れるのに随分かかったが、複数の人間がいるからこそ長期休暇が取れる。
今の仕事はある程度の融通が利き、ある程度のスリルが味わえる。
そこそこの職場ではあった。

退職することに迷いはないが再就職先が問題で…
道場で講師をしてもいいという話を和之さんに聞いたが、多少齧った事がある程度の俺に勤まるのだろうか。

溜息をつきながら求人情報誌をめくる。
一応世の中の相場と自分に向いた職業がないか模索しようと買ってはみたがどれもピンとこない。

今までは個人に売り込むことで警護の仕事を取ってきた。
履歴書など書いた事のない俺が普通に面接を受けられるかどうかも怪しい。
学歴重視の日本で学校に行っていない俺は職にありつける確率も低い。
書類や職歴を偽造したところでいつかボロが出るだろう。

「…コンビニ…接客業は無理だな …まだ講師の方がマシか」

ため息を吐きながら再び紙面に視線を落とし、とりあえず近場の募集をチェックしてみる。
文字を目で追っていると足音が近づいてきた。

「懸おかえりー! コンビニって? うわ、何求人情報なんて見てんだよ…雹降んぞ」

背後から飛びつく懐かしい気配。
亘の息子、譲だ。
俺の肩に顎を乗せて耳元に囁く甘えた声が心地いい。

「ただいま、転職しようと思ってな…安全な職種に」

亘の心を俺の元に取り戻せるのなら、兄達に囚われる事なく俺だけを見てくれるのなら。
スリルも危険もない日々を送るのも悪くはないだろう。
愛しいこの子の成長が見られるのも嬉しい事だ。
ぼんやりと思考を巡らせる俺を唖然とした顔で見つめていた譲が突如吹き出す。

「ぷ…スリルのねー仕事なんかどうせ3時間持たねえんだからやめとけ」



何を想像したのか、俺の背中にしがみついたまま身体を揺らして笑い続ける。

「まぁ、十中八九面接で落ちるだろう」

「明らかにカタギじゃねえしな」

そう言われて鏡に目をやる。
わりとくたびれた40代のオヤジが映し出されていた。

「髪を切って普通の服着れば普通のオッサンに見えないか?」

そう言うと譲はじっと俺を見つめ、全身をくまなく見回し肩をすくめる。

「いやー無理、目つき顔つき身のこなしが明らかに異世界だもん」

異世界ときたか。
やはり求人情報誌に載っているような職種は向かないと痛感する。

「…じゃあここの講師はどうだ、異世界の俺でも通用するか?」

「ウチの講師って…道場に就職ってこと? ずっとここにいんのか?」

「そうしようと思っている、亘の許しが出ればだが」

眠っている亘に視線を移す。
目尻に残る涙の跡、毎回お前を泣かせるのは俺なのか…それとも今は亡き兄達の幻影か。
いつになったら俺だけのものになってくれるのかと思う。
囚われるのならば、俺に全て囚われて欲しいと思う気持ちは傲慢なのだろうか。

「……懸っっ! 聞いてんのかよ!」

耳元で怒鳴られ我に返る、同時に眠っている亘が身じろぐ。

「大声を出すな、亘が起きるだろう」

「いいじゃん親父が起きようが死のうが、俺の知ったこっちゃねえっつの」

物騒な事をさらっと口にする。
とても亘の子とは思えん、亘はこれでかなりの正義漢だ。

「親に向かってそんな口叩くな、起こしちゃ可哀想だ…出るぞ」

尚も騒ぐ譲を肩に担ぎ上げ、そっと部屋を出る。
決して静かな退場ではなかったが起こさずに済んだようだった。

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部屋を出てすぐに政哉と出くわした。
末の弟(小5)と真剣に兄弟喧嘩しているようで、じっとしていられなくなった譲が早々に加勢しに行ってしまった。
もちろん加勢するのは博路サイドだ、譲は本当に政哉が可愛くてしょうがないらしい。
愛情表現は多少歪んでいるが…

「亘が起きるまで譲を可愛がってやろうと思ったんだが…」

当てが外れて屋敷内を歩き回る。
久しぶりに見る屋敷の内部は微妙に変化していた。
脳内の地図を修正しながら廊下を進む、ここは子供たちの部屋が密集した場所だ。
この辺りの変化は著しい、当然と言えば当然なのだが。

「うわぁぁっ!」

子供部屋の一室からくぐもった叫び声が聞こえた。
この家では珍しいことじゃないが、殴り合う音も物が倒れる音もしなかった。
不穏に思い声の元を辿り戸を開ける。

そこには不思議な光景が。
政也が芳之の手当てをして…いるのか?

「っ〜〜〜〜〜……く、薬、多いっ…」

部屋中に濃い消毒液の匂い、政也の手には大量に搾り出された薬が滴っている。
うつ伏せになった芳之の上に馬乗りになっている政也、一見治療というより仕置きの類のようだ。

「いっ! 痛てっ! ちょマジ痛てぇ!」

それだけ大量に塗れば痛いだろう、畳に爪を立て脂汗を流しながら堪えている。

「新しいプレイか?」

俺の声に反応したのは政也のみ、チラと俺を見て再び大惨事になっている芳之の背中へと視線を移す。

「たっぷり塗った方が効くんじゃねえのか?」

テラテラと薬で光る背中に尚も薬をなすりつけ、ようやく塗りすぎた事に気付いたのかガーゼで力任せに拭いていく。
それはもうゴシゴシと、傷口が開いて血が滲むほどに。

「〜〜〜〜〜っ…あ、あの、出来ればやさしーくポンポンと拭いて頂けますかね…」

痛みに震え、必死に耐える芳之…見るに見かねる。

「…それは無理な相談だろう、貸せ」

何を考えて政也に任せたかは知らんが、これでは治るものも治らない。
政也の手からガーゼを取り上げ、傷口に障らないよう押し当てる。

「…あ、懸さん? ども…」

薬を拭き取っているとようやく俺の存在に気付いたようだ、俺を振り返って安堵の溜息をついた。
滴るほどの薬を除去し、滲んだ血を押さえていると、政也が拳を繰り出してくる。

「テメっ、横から手ェ出してんじゃねえ!」

空いている片手で拳を止め軽く捻ってやる、攻撃には長けているようだが防御はとことん甘い。
簡単に畳の上に寝かせる事に成功した。
痛みを引きずったままの芳之も音がする方に顔を向け、転がった政也に驚いたのか身じろいだ。
動いた時傷が痛んだらしく蹲り細かく震えている。

「吉岡の直系に手当ては無理だ、次からは正宗か愁に頼むんだな」

懲りずに起き上がって挑んでくる政也を片手で往なし、新しいガーゼを傷口に当てる。
さすがにテープは両手でないと貼れないだろうな。

「あの…いつ戻られたんですか?」

痛みが引いてきたのかようやく落ち着いた芳之が、呼吸を整え政也の様子を気にしながら俺に訊ねてくる。

「ついさっきだ、亘が寝てしまって暇を持て余していた」

延々と邪魔をし続けた政也の腹を蹴り飛ばし、ようやく使えるようになった両手でガーゼを固定した。

「そうですか、お疲れ様です…あの、お手柔らかに」

「テメェコラ!人の部屋で勝手すんじゃねぇ!!」

政也を案じる芳之の声と、政也の怒号が重なる。
この馬鹿殿とは会話が成立した例がないので軽く聞き流しておく。
手当てが終わった芳之の背中に浴衣をかけ、薬箱に薬を仕舞う。

「ふう…ありがとうございます」

「どういたしまして、これから世話になることが増えると思うから前払いということで」

「え?」

かけられた浴衣を押さえつつ身体を起こした芳之が目を丸くして俺を見る。
この家の住人は皆同じ顔をする、俺がここに住むなどありえないと。

「ここで講師をやることになるだろうから」

尚もやかましく攻撃を仕掛けてくる政也。
申し訳なさそうな顔をする芳之に免じて片手で相手はしておく。

「………あー… 随分また急ですね」

「そうでもない、今回はわりと覚悟して戻ってきた」

7年もの間、亘を放っておいたくせに今更かもしれないが、スリルと亘…量りにかけられるものではない。

あまりに単調な攻撃に飽きたので、差し出された拳を掴み肩を押さえ固めてやる。

「そうなんですか?  あ」

ついでに政也の背中に乗って動きを封じてやると、帯をしめる芳之の動きが止まる。

「亘はすっかりヘソを曲げてしまったからな…どうした?」

俺と政也を交互に見てから苦笑いを浮かべた。
申し訳なさそうに、俺の下で騒ぎ立てる政也を指差す。

「いえ、あの…離してやってくれませんか?」

俺の代わりに政也を押さえながら頭を下げる。

この二人は本当に父親に似ている。
亘はこいつらを見てどう思うのだろうか、育つほど似ていく兄達の忘れ形見を。

「ああ、すまん煩かったものでな」

俺が解放しても更に暴れる政也を押さえつけながら、芳之が小さい声で「すみません」と言うのが聞こえた。
笑顔で返し、これ以上怪我人を困らせるのも悪いので退散しようと腰を上げる。

「…あの、亘さんも……喜びますよ、多分…」

襖に手をかけた俺の背中に芳之がぽつりと漏らす。

 −判ってる。

亘の不安を消してやれるのは俺しかいなくて、俺が常に亘の視界の中に納まっている事が今は必要だと。
俺が亘の側にいることを、亘自身が一番望んでいると知っているから。

「ああ、ありがとう…判っている」

振り返って笑い返す。
芳之は安心したような、やれやれといった感じで溜息をつく、こんな子供にまで心配されるとは…

「ふざけんじゃねぇ、今更亘の側にいるったってな…オメーがほったらかした7年間が消えるワケじゃねーんだぞ!」

つかの間の柔らかい沈黙を破る怒号、畳に拳を打ちつけ俺を睨みつける政也。

「…そうだな」

それは事実。
自分は好きなようにしてきた、亘がどんなに不安そうにしていても自分は必ず帰ってくるからと。

それでいいと思ってきた。

「出て行け」

政也の低い声が部屋に響く。
痛そうな顔をして、二人は手を握り合っていた。

政也を宥める芳之の声を聞きながら部屋を出た。



無理もないか。
俺の行動は吉岡家のタブーを煽る。

どれだけ強くても、どれだけ強運でも、勝てない何かがあると。
大事な存在を奪われると。

7年間怪我もなく生きて帰ってみても、亘の不安は増す一方だった。

「それも昨日までの話だ…」

今日から俺もここの住人だ。

まずは部屋の主が目覚める前に部屋へ戻ろう。

いつでも俺が側にいるのだと。

その身体に教え込んでやるために。

亘の二人の兄が残した傷を、少しでも埋めるために…

[選択・月島懸] 後編→ 18R

吉岡家の日常その5。前編。
今回もオヤジ…というか少し若いです(笑
やっぱり政隆の話[失いたくないもの]の続きのような時間設定です。
懸の職業設定や過去設定がすごくいい加減なのであまり深く問わないでもらえたら嬉しいです…
軽く家族構成を説明しますと、父と兄がいます。
父はどこにいるのかもわからない常態で、兄は生きているらしい噂を聞いた程度。
肉親に対する愛情や執着はゼロ、家族というものは吉岡家で知ったという感じです。
これだけキャラが多いと一人一人掘り下げてもいられないので悔しいところ。
私本人メチャクチャな設定が好きなもので、ツッコミどころは満載でしょうがそこはあの妄想ということで。
後編はエロシーン入ります!

2006.09.12 じょー